2020年6月

「こころ」は、見えないが、「こころづかい」は、見える。

東日本大震災がおこったとき、ACジャパンのCMとして、よくテレビで見聞きしたフレーズです。
そのもとは、詩人、宮澤 章二さんのお書き物で、こうあるそうです。

 

 あなたの<こころ>はどんな形ですか
 と ひとに聞かれても答えようがない
 自分にも他人にも<こころ>は見えない
 けれど ほんとうに見えないのであろうか

 

 確かに<こころ>はだれにも見えない
 けれど<こころづかい>は見えるのだ
 それは 人に対する積極的な行為だから

 

 同じように胸の中の<思い>は見えない
 けれど<思いやり>はだれにでも見える
 それも人に対する積極的な行為だから

 

 あたたかい心が あたたかい行為になり
 やさしい思いが やさしい行為になるとき
 <心>も<思い>も 初めて美しく生きる

 

「美しい感情は、積極的に出しましょう」、そんな意味あいで、読ませていただきました。
でもその一方で、「負の感情が、思わず出てきてしまう」、そんなこともあるような気がします。
「心にもないことを言ってしまいました」、とはいいつつも、本当は、「心にある」から出てきたわけです。
気づかいや思いやり、感謝やお礼は、なるべく表に。
また、なまけ心や怒り、恨みは、なるべく表に出ないように。
そのもとになる、「心」を見つめることも、まずは大切なことなのかもしれません。

 

今は、新型コロナ感染症の影響で、どこへ行ってもマスク姿の人が多く、消毒薬がそこかしこに準備されてあります。
「クレームが出ないように」。そうかもしれません。
「不安だからだ」。それもあります。
でも、「他人に対する思いやりが形になったもの」。そうとも言えると思います。
そう思って眺めると、世の中、そこかしこに思いやりが見えるような気がして、見えないおかげ様が見える気がします。
そして、自分自身も、まず思いやりの心を大切にしたいと思います。
無いものは、出ませんので。

2020年5月

夢は砕けて夢と知り 愛は破れて愛と知り 時は流れて時と知り 友は別れて友と知り / 阿久悠

先日、あるご門徒さまとお話しする中で、人は常に一歩遅れで気づく、そんなことが話題になりました。
自分の人生を振り返ってみると、本当にそうだな〜と考えさせられます。

 

今月の言葉は、阿久悠さんが、よくお使いになられたフレーズだそうです。
自分の身に引き寄せやすく、味わいやすい、そして深い言葉です。

 

先日、脳科学者の茂木健一郎さんが、新型コロナウイルスの件にちなんで、こんなことをおっしゃっていました。
「脳はコントラストから学ぶ。
当たり前だと思っていた日常が続けられなくなってしまった時に、その日常がいかにありがたいものであったかということに気づく。
そのことで、日常に回帰した時に、日常を活かすライフスタイルが深まっていくことが期待できる。トンネルを抜けた時の明るさを待ちたい。」

 

お坊さんが、仏教を学ぶ中でも、こんなことを聞かせていただきます。
「紫色だけを見ていると、それが、紫色なのか、朱色なのか区別しにくいが、二つを隣に並べるとすぐに分かる。」

 

雨と晴。
夜と昼。
死と生。
非日常と日常。
新型コロナウイルスの件があって、はじめてわかる、日常の輝きを思います。

【住 職】 園 淵 和 夫  【若 院】 園 淵 和 貴
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