西法寺トップ

当山は、正式名称を「浄土真宗本願寺派 淵淵山 西法寺」と申します。
阪神電車の千船駅から徒歩15分。
大阪市西淀川区の佃にある仏教寺院です。
一口に「仏教」と言っても、様々なご宗旨があります。
その中、当山は、「浄土真宗本願寺派」に属しています。
ご本山は、京都にある本願寺(西本願寺)です。
阿弥陀如来という仏さま、「南無阿弥陀仏」というお念仏を、
大切に仰ぐご宗旨です。

 


今月の掲示板

西法寺の正門の右に、小さな掲示板があります。
6月は、この言葉です。

阿弥陀には 隔つる心はなけれども
  蓋(ふた)ある水に 月は宿らじ


浄土真宗の第8代のご門主、蓮如上人は、一休さんと親交があったといいます。

 

とんちで有名な一休さん。
蓮如上人よりも20歳ほども歳上だったそうです。
かたや臨済宗の禅僧、かたや浄土真宗のご門主さま
ですが、そこは一級の仏弟子同士、
信仰に関する腹を聞きあうのは、お互いに楽しかったのではないでしょうか。

 

ある時、一休さんが、蓮如上人に歌を贈られたそうです。

 

  阿弥陀には まことの慈悲はなかりけり
  たのむ衆生を のみぞたすくる 

 

  (意訳)阿弥陀さまには、本当の慈悲がないのではないか。
      阿弥陀さまをたのむ者だけを救うと言っているではないか。

 

これに対し、蓮如上人は、次の歌を返されたそうです。

 

  阿弥陀には 隔つる心はなけれども
  蓋(ふた)ある水に 月は宿らじ

 

  (意訳)阿弥陀さまの側には、人々を別け隔てするような心はないが、
      蓋(ふた)をしてしまった水面には、月が映らないように、
      阿弥陀さまのお救いを疑い、拒絶している人には、
      宿るものも宿らず、仏なき世界を自らが作りあげているのである。

 

仏教では、仏さまの言葉を受け止めることができない障りを蓋(ふた)にたとえ、
その蓋(ふた)に5種類あるんだよ、と教えてくれます。

 

  @欲しい欲しいと、欲望でいっぱいの心持ちの時。

 

  A怒りの心でいっぱいの時。

 

  B心も体も疲れて、衰弱している時。

 

  Cそわそわして心が浮ついている時。

 

  D疑いやためらいの心がいっぱいの時。

 

この5つを「五蓋(ごがい)」といい、この時は仏さまの話を聞くどころではない、と言われます。

 

親鸞聖人、そして蓮如上人は、中でも5番目、疑いの蓋をつよく誡められました。

 

私のものとには、阿弥陀さまが、慈悲いっぱいのお心で、今すでに、南無阿弥陀仏と届いてくださいます。

 

そのはたらきを疑い、拒絶するということは、

 

たとえば、、、

 

 父が、私を心配してかけてくれた電話をわざわざ切るようなもの、

 

 母が、私を心配して送ってくれた段ボールいっぱいの荷物を突き返すようなものだ、

 

 と、言われます。

 

今日も、この身に届く「南無阿弥陀仏」を、有り難くいただきます。

 

【住 職】 園 淵 和 夫  【若 院】 園 淵 和 貴
【住 所】 〒555−0001 大阪市西淀川区佃1−11−3
【電 話】 06 ( 6471 ) 6330
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