西法寺トップ

当山は、正式名称を「浄土真宗本願寺派 淵淵山 西法寺」と申します。
阪神電車の千船駅から徒歩15分。
大阪市西淀川区の佃にある仏教寺院です。
一口に「仏教」と言っても、様々なご宗旨があります。
その中、当山は、「浄土真宗本願寺派」に属しています。
ご本山は、京都にある本願寺(西本願寺)です。
阿弥陀如来という仏さま、「南無阿弥陀仏」というお念仏を、
大切に仰ぐご宗旨です。

 


今月の掲示板

西法寺の正門の右に、小さな掲示板があります。
9月は、この言葉です。

「生きがい」だけでは、死を乗り越えることはできない。


あなたの生きがいは、何ですか。

 

そう聞かれると、何とお答えになられますか。

 

私の生きがいは、スポーツです。

 

他にも、、、、

 

ボランティアです。
仕事です。
貯金することです。
子どもや、孫の成長です。
友達と過ごす時間です。

 

等々。
答えは、人それぞれだと思います。

 

生きがいがあると、日々に張り合いや充実感があります。
行動力も湧いてきますし、楽しい時間を過ごせます。
やはり無いよりは、ある方がいいのではないでしょうか。

 

そんな生きがいを、私の人生を支える「杖」として喩えたなら、どうでしょう。

 

私を支えてくれるこの杖を、つよくつよく握りしめ、これで大丈夫だ、と人生を歩みます。
ですが、よくよく考えてみると、この杖は、いつか必ず折れていくものばかりではなかったでしょうか。

 

仕事ができなくなる日が来ます。
身体が動かなくなる日が来ます。
友人が去り、家族と会えなくなる日が来ます。

 

いくら目を背けても、その日は必ず来ます。
その極みが、人生最後の時、死を迎える時です。

 

その時に、私を支える杖がすべて折れ、自分で自分を支えることができなったなら、私たちは何を思うでしょう。

 

何のための人生だったのか。
何の意味があったんだろう。
孤独だ。
むなしい。

 

そんな思いだけで、人生の最期を過ごすのは、考えるだけでも恐ろしいことです。

 

だからこそ、その人生最後の時であっても、決して折れない杖を、一本持っておくことは、これ以上ない大切なことです。

 

浄土真宗では、その最後の杖が、阿弥陀様だといただきます。
南無阿弥陀仏は、いつでもどこでも私の支えとなってくださる、決して折れることのない杖です。

 

今は私を支える杖が沢山あって、別に南無阿弥陀仏の杖によりかからずとも生きていけるかもしれません。
ですが、いつか必ず、生きがいという杖は折れます。
死を前にした時、生きがいだけでは、私の支えとはなりません。

 

そしてその時に、南無阿弥陀仏の杖が、どれほど私の支えとなるか。
折れない杖が、どれほど頼もしいことか。

 

南無阿弥陀仏の杖は、誰でも手にすることができます。

 

もうすでに私と共にあることを、お念仏で聞いていきます。
小さな声で結構です。
今、その口に、南無阿弥陀仏と、お念仏してみてください。

 

ほら、今、その身に、阿弥陀さまがご一緒です。

 

南無阿弥陀仏でご一緒です。

 

【住 職】 園 淵 和 夫  【若 院】 園 淵 和 貴
【住 所】 〒555−0001 大阪市西淀川区佃1−11−3
【電 話】 06 ( 6471 ) 6330
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