西法寺トップ

当山は、正式名称を「浄土真宗本願寺派 淵淵山 西法寺」と申します。
阪神電車の千船駅から徒歩15分。
大阪市西淀川区の佃にある仏教寺院です。
一口に「仏教」と言っても、様々なご宗旨があります。
その中、当山は、「浄土真宗本願寺派」に属しています。
ご本山は、京都にある本願寺(西本願寺)です。
阿弥陀如来という仏さま、「南無阿弥陀仏」というお念仏を、
大切に仰ぐご宗旨です。


今月の掲示板

西法寺の正門の右に、小さな掲示板があります。
3月は、この言葉を掲示しております。。

親は、成功した子どもより、失敗して帰る子を待つ


3月は、卒業のシーズンでもありますし、また受験のシーズンです。

 

受験と聞くと、ある女性の先輩のことを思い出します。

 

 大学落ちた。
 悲しくて、ショックだった。
 友達の前では、平気なふりをした。格好悪いと思ったから。
 帰り道に思った。親に何て言えばいいのか。何も思いつかなかった。
 友達の前と、同じことしかできなかった。
 家族の前でも、平気なふりをした。格好悪いと思ったから。
 でも、その私を見て、母が号泣した。私を抱いて、わんわん泣いた。
 私も泣いた。格好悪いと思った。
 でも、これでいいと思った。
 悲しくて、ショックだったけど、嬉しかった。

 

そんな話をしてくれました。

 

「悲しみは、悲しみを知る悲しみに救われ
  涙は、涙にそそがれる涙にたすけられる」
お東のお坊さま、金子大栄師の言葉です。
その言葉を体現したようなエピソードでした。

 

世間では、成功した人は、受け容れられます。
成功者の周りには、人がたくさん集まり、笑顔であふれ、多くの称讃が飛び交います。

 

ですが、失敗した人の居場所は、とても少ない。
誰もかける言葉を持たず、ただ距離を置くことしかできません。

 

ですが、その時こそ、親の役割がはっきりするのかもしれません。

 

世間とは違う、親にしかない、親にならできる役割。
それは、失敗した子どもを、遠ざけるのではなく、むしろ抱きしめ、先に泣いていくような、そんな役割。
世間とは一線を画す、親にしかできない、親らしいこと。

 

それが、この度の掲示板の言葉だと感じます。
「親は、成功した子どもより、失敗して帰る子を待つ」

 

阿弥陀さまという仏さまは、まさに親らしい仏さまです。
人間ができていて、前向きで、礼儀正しく、人に迷惑をかけず、努力できる。
そんな人間に、用事はないとおっしゃいます。

 

そうありたいけれど、そうあれない。
ドロドロしたものを抱えてしか生きられない。
誰にも言えない弱さを抱え、誰にも言えない辛さや悲しみを抱える者にこそ、
ご一緒くださるのが阿弥陀さまです。

 

ひとりじゃないよ。ひとりじゃないよ。
そのぬくもりを、お念仏でいただきます。

 

称名相続

 

【住 職】 園 淵 和 貴  【前住職】 園 淵 和 夫
【住 所】 〒555−0001 大阪市西淀川区佃1−11−3
【電 話】 06 ( 6471 ) 6330
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