西法寺トップ

当山は、正式名称を「浄土真宗本願寺派 淵淵山 西法寺」と申します。
阪神電車の千船駅から徒歩15分。
大阪市西淀川区の佃にある仏教寺院です。
一口に「仏教」と言っても、様々なご宗旨があります。
その中、当山は、「浄土真宗本願寺派」に属しています。
ご本山は、京都にある本願寺(西本願寺)です。
阿弥陀如来という仏さま、「南無阿弥陀仏」というお念仏を、
大切に仰ぐご宗旨です。

 


今月の掲示板

西法寺の正門の右に、小さな掲示板があります。
12月は、この言葉です。

渋柿の 渋がそのまま 甘みかな

小学生の頃、お寺の庭に渋柿がありました。
どんな味なのかと思い、思いっきりほおばって食べたことがありました。
口の中に膜が張ったような強烈な違和感。
渋みとは、このことか。
すぐに口をひっくり返して皮をはがしたくなるような、とんでもない衝動にかられたのを覚えています。

 

渋柿の渋さは、お茶にも含まれるタンニンという成分だそうです。
その渋さは、鳥などから未熟な種を護るためにあるそうですが、その渋柿が太陽のもとで干されると、食べても渋みがなくなり、栄養価も高まるそうです。
誰がそんなことを発見したのかと、先人の知恵に驚くばかりですが、阿弥陀さまと私の関係にも通じる部分があります。

 

太陽の光が、阿弥陀さま。
渋柿が、私です。

 

私の持っている悪性が、阿弥陀さまのはたらきに照らされて、そのままおさとりの功徳に転換される。
そんなはたらきが、親鸞様のご和讃に示されます。

 

 無礙光の利益より 威徳広大の信をえて
 かならず煩悩のこほりとけ すなはち菩提のみづとなる

 

 罪障功徳の体となる こほりとみづのごとくにて
 こほりおほきにみづおほし さはりおほきに徳おほし

 

阿弥陀さまのお慈悲には、私の煩悩の氷を溶かし、そのまま菩提の水と変えなすはたらきがある。
私は「煩悩を抱える存在」というよりも、煩悩が服を着て歩いているような存在だと言われます。
足の先から指先まで煩悩でいっぱいの私です。
でも、だからこそ、一たびその私が阿弥陀様の光に照らされ、あたためられると、足の先から指先までが、阿弥陀様のお慈悲一杯、功徳いっぱいに満たされることになります。

 

まさに、「渋柿の 渋がそのまま 甘みかな」。
阿弥陀さまのお慈悲いっぱいを、この身いっぱいにいただきます。

 

年末迫る寒さの中、お日様の下に身を置く度に、思い返されるお示しです。

 

【住 職】 園 淵 和 夫  【若 院】 園 淵 和 貴
【住 所】 〒555−0001 大阪市西淀川区佃1−11−3
【電 話】 06 ( 6471 ) 6330
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